後肢跛行の鑑別疾患

2025年11月18日

後肢跛行の鑑別疾患は前肢と比較すると少なく、例えば片足の跛行の場合、原因のほとんどが前十字靭帯断裂やパテラとなります。そのため、後肢跛行の症例を診察する際には、私を含めて、多くの獣医師が、検査をする前から既に上記2疾患に目星をつけている事は少なくないと思います。

だからこそ、後肢跛行の診察にはたくさんの『落とし穴』が潜んでいます。こうした『落とし穴』に落ちないために、どのように診察を進めていくことが求められるのかについてまとめてみます。

まずは、日々の診察で多く遭遇する前十字靭帯断裂とパテラの代表的な鑑別疾患を挙げてみます。

前十字靭帯断裂の主な鑑別疾患

  • 関節内腫瘍(骨肉腫、滑膜肉腫、組織級肉腫)
  • 馬尾症候群
  • 椎間板ヘルニア
  • 股関節形成不全
  • 免疫介在性関節炎

パテラ(膝蓋骨脱臼)の主な鑑別疾患

  • 浅趾屈筋腱脱臼
  • 長趾伸筋腱脱臼

これらの疾患は、通常、適切な検査によって判別が可能です。しかし、免疫介在性関節炎だけは要注意です。なぜなら、適切な検査にもかかわらず、前十字靭帯断裂やパテラと診断された症例にこの免疫介在性関節炎が紛れ込むことがあるからです。

要注意な理由

前十字靭帯断裂やパテラの臨床症状と極めて臨床症状が似ることがあります。また、適切な検査にもかかわらず正しく診断できないこともある上に、免疫介在性関節炎の中には、予後不良(亡くなってしまう)を示すものも含まれています。

まず初めに、この重要な鑑別疾患となる免疫介在性関節炎についてまとめていきます。次いで、本来は複数カ所の関節の痛みに加えて、多彩な症状を示し免疫介在性関節炎が、どのようにして『落とし穴』になるのかや、その対処法について検討していきます。

免疫介在性関節炎とはどんな疾患?

何らかの免疫刺激によって免疫細胞が暴走し、関節を始めとして、腎臓や皮膚、血液や眼球、胃腸管を攻撃することによって、多彩な臨床症状を示す疾患です。必発の症状はなく、後肢の跛行や、何となく元気がないだけというものもあります。また、全身の皮膚のタダレや腎障害、進行性の削瘦から亡くなってしまう場合も含まれ、その多彩な臨床症状から診断が難しい疾患の一つです。

免疫介在性関節炎の分類

非びらん性関節炎(骨病変のないもの)

  • 免疫介在性多発性関節炎(IMPA):色々な部位の関節の痛みを特徴とする疾患
  • 反応性多発性関節炎(ReactivePA):何らかの基礎疾患が原因となり、関節も痛くなる疾患
  • 全身性エリトマトーデス(SLE):関節や皮膚、腎臓など広範囲な炎症を起こす疾患

びらん性関節炎(骨病変のあるもの)

  • リウマチ:関節の構造が破壊される疾患

簡潔に分類されておりとてもわかりやすいのですが、臨床の場では、これらの疾患を正確に分類することが難しい場合が多々あります。例えば、IMPAの主症状は跛行ですが、その合併症には、腎障害や皮膚疾患、血球減少や筋炎などがあります。SLEの臨床症状は、腎障害や皮膚疾患、血球減少に筋炎。IMPAと全く同じですね。さらに、IMPAがリウマチに発展する例の報告があったり、ReactivePAには、その基礎疾患によって症状は何でもありです。そして、最大のポイントが、どの疾患も初めは後肢跛行だけが症状だけだったりもします。

臨床上、とても複雑な免疫介在性関節炎をですが、どのように診断されていくのか、次は鑑別方法について書いてみます。

鑑別方法

(『犬の膝疾患のサイト』のため、跛行症状が出ている場合に限定しています)

跛行だけだからと、整形疾患だと思い込まないことが鑑別の第一歩となります。

どのような疾患の症状にも、典型と非典型的症状があります。例えば、同じパテラ症例であっても、跛行はあるものの、元気も食欲もいつも通りというケースがある一方で、軽いパテラにも拘わらず跛行+元気も食欲も無くなってしまうケースもあります。同様に、同じ免疫介在性関節炎でも、軽度の跛行から全身状態が急激に悪くなってしまうケースまで様々です。

つまり、跛行症例の中には、免疫介在性関節炎が必ず紛れ込んでいると獣医師が肝に命じ鑑別を進めることが重要です。

鑑別のために行う検査

  • レントゲン検査
    非びらん性、びらん性の鑑別を行います
  • 発熱やCRP(炎症の数値)のチェック
    免疫介在性疾患に共通する特徴
  • 手根や足根部、膝関節の腫脹
    非びらん性関節炎では、複数箇所の関節が腫れていることがある
  • 尿検査
    免疫介在性疾患では、尿に異常蛋白が出ることがある
  • 血液検査
    IMPAの合併症、Reactive PAのの基礎疾患の影響、SLEの症状によって、様々な血液異常を認める
  • 関節液検査
    免疫介在性関節炎で免疫細胞の関節内浸潤を認める
  • 身体検査
    下痢や眼の充血、皮膚症状や急激な体重減少などを認める場合には、免疫疾患の兆候としてカウントする

免疫介在性関節炎を診断するための検査を各種挙げてみましたが、お気づきになられたかもしれませんが、どの検査も、免疫介在性関節炎の種類の特定はできません。しかし、それでも、これらの検査を行うことには大きな意味があります。なぜなら、整形疾患か免疫介在性関節炎かを鑑別できることは、その後の予後の観点からとても重要となるからです。

免疫介在性関節炎の予後に関するデータ

命に別状なし:合併症の出てないIMPA、リウマチ

命に別状あり:合併症が出たIMPA、Reactive PA(基礎疾患による)、SLE

免疫介在性関節炎に関する予後のデータは、シビアなものが多いといえます。従って、例え免疫介在性関節炎の種類が特定できなくても、今、目の前で診ている跛行症例が、整形疾患か免疫介在性関節炎なのかの判別ができるだけでも、臨床的には大きな意義があるといえます。

確定診断(SLEの詳細などはこのサイトでは省きます)

ここまでの検査で、免疫介在性関節炎を疑えた場合、関節液検査にて免疫細胞の浸潤を確認することで確定診断とします。手根、足根、膝関節を含んだ複数の関節から関節液を採取します。

治療方法

ステロイドホルモンによる免疫抑制治療が中心となります。およそ半数例で数ヶ月内に治療を終了でき、残り半数で長期から生涯治療が必要になってしまいます。また、治療終了後の一年以内再発率は約35%とされています。

初期のステロイドによる治療反応が乏しい場合には、他の免疫抑制剤への変更や併用を行いますが、初期の反応が悪い症例では、長期予後が不良となるケースが報告されている点には注意が必要です。

まとめ

本来、免疫介在性関節炎は、多発性の関節炎兆候を始めとして、様々な臨床症状を呈する疾患で、整形疾患とは一線を画しています。しかし、後肢跛行だけが初期の臨床症状として現れることもしばしばです。このような時、容易に跛行=整形疾患と決めつけてしまうと、免疫介在性疾患の存在に気付けないという落とし穴にはまってしまいます。

免疫介在性関節炎の臨床症状は多彩です。跛行だけの症状や、年齢からくる衰えとの区別がつかないような症状であったり、跛行症例と思っていたら、後から次々に色々な症状が加わったりもします。さらには、免疫介在性関節炎に整形疾患が合併することもあれば、整形疾患の外科後にReactivePAが合併することもあります。免疫介在性関節炎を存在をはじめから疑う習慣がなければ、診断は困難です。

また、免疫介在性疾患を疑えても落とし穴はあります。確定診断のための関節液検査の不確実性という側面です。免疫細胞の暴走がどの関節で発生しているのかは見た目ではわからず、関節液検査で証拠が取れなければ免疫介在性関節炎が存在していたとしても、整形疾患と診断するしかないケースもあります。

さらには、免疫介在性関節炎を正しく診断できた場合であったも、適切な治療にもかかわらず、その予後が必ずしも明るいとは限りません。

対応法は多くありません。多彩な顔を示す免疫介在性関節炎という疾患が『後肢跛行』の鑑別疾患が含まれていることを肝に銘じて、後肢跛行=整形疾患というバイアスを獣医師が外すことが始めの一歩となります。また、常に免疫介在性関節炎を意識し、数々の臨床上の『落とし穴』に注意しながら、一つづつ検査を進めることが後肢跛行症例の診察に求めらることと思います。

お家でやってもらいたいこと

お家での観察も免疫介在性関節炎を見抜くための大きな力となります。

  • 最近の元気や食欲に変化はないか?
  • 最近痩せてきてないか?
  • 抱いた時の体温に違和感はないか?
  • 足を痛める明確なイベントがあったか?
  • 尿が泡立っていないか?
  • 最近、お腹や皮膚の調子が悪くないか?

愛犬の足の調子で気になることがあった場合、上記の症状を観察して早めに動物病院を受診することをお勧めいたします。

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