パテラの外科介入時期に関する獣医師間での統一した見解が未だにない事は、これまでも何度か書かせていただいたのですが、2026年度獣医麻酔外科学会における『膝蓋骨脱臼の病態と治療に関する最新知見』というテーマの教育講演においても、残念ながら確固たる外科介入の時期に関する言及なされませんでした。
それどころか、様々な基礎研究や最新の検査機器を用いたパテラの発生原因の追究も盛んに行われているのですが、明確な原因は不明のままです。さらには、グレード別の術式の組み合わせに関する統一見解もなく、とても身近な疾患のパテラですが、まだまだ謎だらけです。
パテラは基本的には、遺伝的、先天的な原因を理由に発生する膝蓋骨の内外方向への脱臼とされ、骨格の異常によって発生する骨の形態異常説と、筋肉の配列異常によって発生する説に大別されています。筋肉の配列異常の場合、パテラの脱臼から発生する持続的なけん引力によって、さらに二次的に骨の形態異常も合併すると考えられている進行性疾患とされています。
外科介入に関する考え方もいろいろなのですが大別すると以下のように分類になります。
- 脱臼の痛みや跛行を改善させるために外科介入する
- 二次的に発生する骨の形態異常に合併する変形性関節症などの合併症を予防するために外科介入する。
- すでに変形性関節症が発生し、痛みや跛行の軽減を目的に外科介入する
いずれも正しい介入根拠にはなるかと思うのですが、いずれにも突っ込みどころがあります。
例えば、脱臼の痛みや歩行は、多くの場合でグレード1やグレード2の初期を中心に認められ、膝のお皿の周囲の軟部組織が脱臼の影響で緩んでくると、痛みの症状が全くでなくなることも多々あります。また、より進行したグレード3の場合、基本的には脱臼したままのため、脱臼による痛みや跛行を認めなかったりします。
将来発生する骨変形による合併症予防の外科に関しても、発生までにかかる年月に関して明確な研究結果がなかったり、変形性関節症がすでに発生してしまっている症例であっても、無症状のように見える場合もあります。
原因や治療法、外科介入時期も未確定であるため、本当に謎だらけです。それゆえに、施設間で治療方針が大きく変わってしまうという現状があるのかもしれません。
そんな中、学会で紹介してもらった興味深い文献報告がありました。
無症状のパテラグレード2の予後調査に関する報告です。
余談ですが、今回の学会でもそうでしたが、ほとんどの膝の勉強会では、演者の先生から外科介入の時期に関する質問が恒例のようにあります。『グレード2で外科介入をする方は挙手してください』『では、グレード3で外科介入される方は挙手を』、という具合です。
勉強会の参加者は、全国のいろいろなところから集まる膝の外科をする先生達ですので、ある程度日本における一つの指標になるかと思いますが、1~2割がグレード2(無症状)で、残りがグレード2(有症状)やグレード3でというのが個人的な印象です。
どちらが合っているのかというものではなく、考え方の違いから生じる差なのですが、紹介してもらった文献は一つの有力な指針になるかもしれません。

無症状のパテラグレード2症例の経過を追った回顧的研究です。
4年間の追跡調査の間に、44.7%もの症例が、外科介入が必要な状態に至ったという結果を示しました。外科介入に至るまでにも脱臼による痛みやストレスがあることからも、グレード2であれば外科介入が最適である!
と、思ってしまうかもしれませんが時期尚早です。文献で示された外科に至った44.7%の症例はいずれも大型犬で、小型犬が含まれなかった事の方が注目です。(骨格の異常説や筋肉配列の異常説からいうと、4年の間もの間に小型犬が含まれなかったのがなぜ?と思うかもしれませんが、これに関しては別の機会に、現在の仮説をご紹介させていただきます)
この文献のみで判断すれば、小型犬のグレード2(無症状)の外科介入は不要なのかもしれません。
もう一つ、グレード2の外科介入に関する否定的な意見も今回の麻酔外科学会で発表されました。
パテラの各グレード別の骨変形の合併に関する報告ですが、グレード1と2では、将来の骨変形発生の根拠を示すデータは取れず、グレード4で有意な因果があるという報告です。
二つの報告をまとめると、進行性疾患のパテラにおいて、無症状のパテラグレード2症例に対して、これまでの判断基準にあったような、将来悪化する可能性があるから外科介入を早めに行うという曖昧な基準をなくすことができると思います。このことは、手術を受ける動物にとっても、手術の決定という悩ましい決断を迫られる飼い主の方々によっても、有益なアップデートになるはずです。
ただ、我々臨床医が、大学の先生達が発信するデータや文献だけの判断に傾倒してしまうと、獣医学と動物や飼い主さんとの間にいわゆる『ゴールの不一致』現象が発生してしまうかもしれません。
動物:急に足が痛い!なんで痛いの?怖い!楽しくない!もう走りたくない!でも病院も怖い!
飼い主:痛がってる様子を見るのがつらい!もしも将来悪化したらどうしよう!
獣医師:統計学的(文献上)に多くのコは問題なしです!経過を見ましょう!
三者三様に正直な意見だとしてもミスマッチは必ずあると思います。
医療においても『ゴールの一致』は不可欠なはずです。
謎だらけのパテラではありますが、少しでも正しい獣医学の収集を大前提に、やはりそのコそのコの、または飼い主の方々それぞれの正しいとを組み合わせたオーダーメイドな獣医療の提供こそが、いろいろなデータや常識が誕生しては陳腐化する医療において何よりも大切な事だと、改めて感じた麻酔外科学会でした。
もう一つの興味深いパテラに関するアップデートはまた次回へ続きます。







