膝蓋骨内方脱臼を意味するパテラ(本来は『膝のお皿』という意味)という言葉は広く知られていますが、パテラアルタという名前はあまり知られていないかもしれません。
パテラアルタとは、膝のお皿が通常の位置よりも上についている現象をいいます。本来、膝のお皿は大腿骨の端にある滑車溝という溝に収まっていて、膝の曲げ伸ばしの際には、この溝の中を滑走することで、正常な膝の屈伸運動に貢献してくれています。
ところが、パテラアルタの症例の場合、滑車溝のない所にお皿があるため、膝の屈伸の際に上手く溝に入らずに、溝からお皿が外れやすくなってしまうという問題が発生してしまいます。
下の写真は症例によって膝のお皿の位置の違いを示した写真です。矢印の部分がお皿です。○で囲った部分が滑車溝です。位置が大きく異なるのが写真でわかるかと思います。左の症例は所定の計算に基づき、パテラアルタと診断されています。

パテラアルタの問題点
パテラアルタは、膝のお皿が外れやすくなってしまうという意味では、パテラ症例と臨床症状が同じです。また発生頻度はパテラと比較すると低いことから、通常のパテラと診断されてしまうことがあるという点が挙げられます。また、膝のお皿の位置にも、個体差や犬種差があり、慎重な評価が必要となるのですが、パテラアルタを診断するいくつかの指数が、パテラの多い特定犬種ではあてにならなかったという報告もあり、大きく位置がずれている症例以外では診断に悩むという点も問題となります。
しかし、一番の問題点は、上記を理由に、パテラアルタがあることに気づかずに通常のパテラの術式を行なってしまうと、例えパテラの手術が成功したとしても、術後に再脱臼してしまうという点にあります。
パテラの手術では、通常であれば膝のお皿や、滑車溝を直接見ることになるため、術前に気づかなくても術中にパテラアルタの存在に気付けるのですが、手術の内容によっては、お皿と滑車溝を直接見ることがなかったり、術前計画に沿って、計画通りの手術内容をこなすというバイアスが人の脳に働いてしまうと見ていても気付かないという現象もあるかと思います。
そのため、パテラになってしまったコ達を診察させていただく際には、パテラアルタがあるかもと、常に疑いの目を我々獣医師が持つことが大切と言えます。
パテラアルタの治療法
脱臼が頻繁に起こることで、①普段の生活への支障、②脱臼頻度に関連して発生する骨の変形の懸念の二つを満たしている場合には、基本的には外科対応を行います。膝のお皿に付着している靭帯を、下方へ引っ張って固定することによって、お皿を滑車溝までズリ下げる方法が主に行われています。しかしながらこの方法の大きな課題には、太ももの筋群があります。
太ももを構成する大腿四頭筋群という大きな筋肉群は膝のお皿に付着しているのですが、この筋群が上述した固定部位を綱引きのように強く引っ張ってしまいます。強力な張力に対抗する手段はいくつもあるのですが、固定部位が破綻すると歩けなくなってしまうため、術者としては、靭帯の下方移動という方法には大きな抵抗があるのが本音です。
逆転の発想の術式が2023年の論文で報告されています。
お皿をズリ下げるのが問題なら、お皿を迎えに行けば良いという方法です。
新しい術式『ドーム型滑車溝形成術』の概要
①膝のお皿が収まる滑車溝に対して骨切術を行って、膝のお皿を迎えに行くように移動させる。

②膝のお皿の75%が収まる位置まで移動したらピンで止める(A)。同時に、再脱臼防止を目的に、溝の位置を内外方向に調整も可能(B)。


ドーム型滑車溝形成術の課題
長期的な歩行分析による評価がまだ未発表であることから、まだ従来の術式にとって変わる方法になるかの判断はできないのというのが現時点での課題です。また、論文内ではいくつかの合併症の報告もされていますのでご紹介します。
- 25%で術後のピンの移動による疼痛
- 18%で再脱臼の発生(ドーム型滑車高形成術単独の場合)
- 6%で移動した骨の吸収
ただ、論文内では前向きに表現されていて、ピンの移動は、術後の時期にもよるとは思いますが、ピンの抜去のみで問題が解消されたり、18%の再脱臼率はドーム型滑車溝形成術単独のデータであって、他の術式と組み合わせることで再脱臼が発生しなかったことも述べられています。
移動した骨の吸収に関しては深刻な合併症と表現されていて、人工の滑車溝への置換が必要になってしまっています。術後の症例の過活動または骨切時の摩擦による熱損傷によるものと考察されています。
良い点も多く挙げられていて、術後の疼痛スコアリングにおいては、術後約3ヶ月目には90%近い疼痛消失効果が得られていることから、これは従来の手術成績と比較しても見劣りしない数値と考えられます。
個人的には、滑車溝という非常に重要な部分の骨切のため、文献上のデータに拘らず、第一選択にはならないと現段階では考えます。しかしながら、慢性のグレード4パテラ症例や、重症化したパテラアルタの症例では、既に大腿部の筋肉の拘縮などで膝のお皿をズリ下げるのに大きな力(=大きな術後破綻リスク)が必要になってしまっているような症例においては、治療のオプションとして非常に有用な術式と思えました。
まとめ
パテラと症状が同じパテラアルタという疾患があるようなニュアンスで便宜上記事をまとめてきましたが、本当は複合的な理由で脱臼する膝蓋骨脱臼の要因の一つとしてパテラアルタがあるというのが正しい表現にはなります。ただ、パテラアルタ症例をパテラ症例を同じように手術してしまうとやはり治らないことから、よく遭遇するパテラ症例とは一線を画す必要があると思います。
パテラの手術をする前には、パテラアルタが潜伏している可能性があることを、獣医師も飼い主も気に留めると習慣とともに、新しい術式の今後の展開も要チェックです。良い論文が出たらまたご紹介させていただきたいと思います。







